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ジョン・バティステとは?『ソウルフル・ワールド』に抜擢された若きジャズ・ミュージシャンの経歴
2020年12月25日にディズニープラスで配信されるディズニー&ピクサー最新作『ソウルフル・ワールド』。この映画の音楽担当として、トレント・レズナーとアッティカス・ロスとともに抜擢されたジョン・バティステ(Jon Batiste)について、音楽評論家の柳樂光隆さんに解説頂きました。
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今年2020年の6月6日、NYで「We Are: A Peaceful Protest March With Music」というデモ行進があり、その写真や映像がSNSに数多くアップされ、後日、様々なメディアがそれを報じた。これはミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイドが白人警官によって殺された事件への抗議として行われたものだった。これを主催したのはミュージシャンのジョン・バティステ。ショルダー・キーボードと拡声機を手に更新する彼の後ろにはスーザフォンを含むいくつもの管楽器や太鼓を抱えた打楽器奏者が続き、マーチングバンドのような編成で行進していた。
ジョン・バティステは翌週6月12日にはブルックリンのバークレイズセンターでプロテスト・コンサートを開催し、アップライトピアノでのソロ・パフォーマンスを披露した。その同日にマーチングバンドとゴスペルクワイアの分厚いサウンドが同胞を勇気づけ、鼓舞するような「We Are」をストリーミングで発表。ジョン・バティステは2020年のブラック・ライブス・マターをサポートするジャズ・ミュージシャンの象徴的な存在になっていた。
ジョン・バティステはジャズ・ピアニストだが、彼の存在はアメリカの人気コメディアンのスティーヴン・コルベアが司会を務めるテレビの深夜コメディー番組「ザ・レイト・ショー・ウィズ・ステファン・コルベア」のハウスバンドのリーダーとして知られている。この人気番組での演奏で彼は全米にその名が広まり、その後のジャズの枠を超えた活動に繋がっていった。例えば、アメリカのジャズ批評を代表するジャーナリストで、21世紀以降の現代のジャズの動向をまとめた『Playing Changes』を執筆したネイト・チネンも現在のジャズシーンの隆盛を示す現象のひとつとして、ジョン・バティステの名をあげている。彼は2010年代のジャズの隆盛を象徴するミュージシャンなのだ。
音楽一家での生い立ちとニューオーリンズ
1986年ルイジアナ州生まれのジョン・バティステは音楽一家で育った。サム・クックやDr.ジョンなどにアレンジを提供したハロルド・バティステや、ミーターズなどに参加したドラマーのラッセル・バティステなどがいる音楽一家に生まれ、幼いころからピアノをはじめ、ニューオーリンズの郊外に位置するケナーで生まれたこともあり、ニューオーリンズの独自の音楽にも親しんでいた。
ハロルド・バティステがウィントン・マルサリスらを育てたマルサリス一家のゴッド・ファーザーでニューオーリンズ・ジャズ・シーンのグールー(先生・師)でもあるピアニストのエリス・マルサリスと共にニューオーリンズ大学で教鞭をとっている教師だったことも関係あるのかどうかは知らないが、ジョンはビバップ以前のオールド・スタイルのジャズやブラスバンド、セカンドラインと呼ばれるリズムのようなニューオーリンズの音楽も身につけていった。その後、マイルス・デイヴィスも通っていた名門ジュリアード音楽院に進学し、NYにシーンへと進出し、さらに深く音楽を学んでいる。
僕が初めて彼の音楽を聴いたのは2011年。当時リリースされたジョナサン・バティステ名義の『Live in New York: At the Rubin Museum of Art』だった。ウィントン・マルサリスやカサンドラ・ウィルソン、ロイ・ハーグローヴらが起用する弱冠20歳の新鋭ピアニストの幻のデビュー作といったコメントが添えられていたこのアルバムは、彼がジュリアード在籍中に制作したアルバムで、クラシック音楽を思わせる高度な演奏と端正なピアノ、複雑なリズムやハーモニーが聴こえる現代的なピアノトリオだったが、そこにはストライドピアノのスタイルなどのビバップ以前のオールドスクールなジャズの要素やゴリゴリの現代性と遥か昔の要素が混在していて、それが彼の音楽の大きな特徴になっていた。
系譜としてはエリス・マルサリスやマーカス・ロバーツのようなウィントン・マルサリス周辺の人脈、もしくはジャッキー・バイアードやその教え子のジェイソン・モランなどのラインとも比較できるものとも言えるか。だからこそウィントン・マルサリスが重用したのだろうし、カサンドラ・ウィルソンやリアノン・ギデンスといったアメリカのトラディショナルな音楽を取り入れるヴォーカリストの作品にも起用されているのだろう。
ジャズの枠を超える音楽性
ただこのジョン・バティステはそんなピアニストとしての才能に加えて、多彩でハイブリッドな音楽性も兼ね備えている。ジュリアード在学中にステイ・ヒューマンというグループを結成。チューバやタンバリン、メロディカ(≒ピアニカ)などによる特殊な編成で、ジャズを軸にニューオーリンズのブラスバンドやセカンドラインを取り入れながら、そこにソウルやR&B、ヒップホップなどの要素も加え、ジョンは自身がヴォーカリストとして歌うという個性的なバンドだ。ロバート・グラスパーがヒップホップ、R&B、ネオソウルを、サンダーキャットがLAならではのギャングスタ・ラップやビートミュージックをジャズと融合させた同時期に、ジョン・バティステはニューオーリンズ特有の音楽をアップデートさせていたわけだ。
そして、近年はヴォーカリストとしての自身を前面に出したソロ・プロジェクトとして、アルバム『Hollywood Africans』を2018年に発表。ストライドピアノから、ショパンなどのクラシック、ニューオーリンズ・ジャズ、ゴスペル、ブルース、ラテン音楽、更にはテレビゲーム「ソニック・ザ・ヘッジ・ホッグ」まで、様々な影響を歌とピアノで奏でている。T・ボーン・バーネットのプロデュースに迎え、ニューオーリンズの古い教会をリフォームしたスタジオで独特のアンビエンスを封じ込めるなど、録音にこだわりを見せた。
2019年の『Chronology Of A Dream: Live At The Village Vanguard』は名門ジャズクラブでのライブ盤で、彼なりの“ジャズ”を4人のホーンを従えて表現したもの。ニューオーリンズ・ジャズの伝統を奏でたかと思えば、ロイ・ハーグローヴに捧げて現代のジャズも表現したりとジョン・バティステらしさが全開。ティヴォン・ぺニコットやギヴェトン・ゲリン、パトリック・バートリーなどの新鋭をフックアップしている点も見逃せない。
またファンク系バンドのヴァルフペックのメンバーでもあるコーリー・ウォンとのコラボで発表した2020年の『Meditations』では、ピアノのひんやりかつ凛とした音色の美しさや残響、そしてオルガンの柔らかく暖かい音色を並べ、そこにコーリーが奏でるギターの様々な音色が重ね、ゆっくりと自分の中へと入り込んでいけるような瞑想的なサウンドを作り出している。ステイ・ヒューマンで行っていたハイブリッドさから、更にその表現を拡張しようとチャレンジしようとしているようにも見える。
1986年生まれだけに2020年時点でまだ30代の若手で、すでに巨匠のような風格も存在感もあるが、一方でその世代ならではのセンスも音楽の中から聴き取ることができるし、ロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンがそうであるように、社会的なメッセージを音楽に込めたりする意識の高さもあり、それを実際に行動で示すアクティブさもある。そんなジョン・バティステはディズニー&ピクサー映画『ソウルフル・ワールド』の音楽を手掛け、今度は映画音楽の世界にも進出している。ディケイドの区切りに大きなチャレンジをする現代ジャズの重要人物からますます目が離せない。
Written by 柳樂光隆(Jazz The New Chapter)
『ソウルフル・ワールド オリジナル・サウンドトラック』
2020年12月18日海外版 / 12月 23日発売日本版発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music
映画 『ソウルフル・ワールド』
Disney+(ディズニープラス) 12月25日(金)より独占配信
『トイ・ストーリー4』『リメンバー・ミー』のディズニー&ピクサー史上“最も深い“感動の物語。 日常の中で<人生のきらめき>を見失っている全ての人へ贈る、”魂”を揺さぶるファンタジー・アドベンチャー! 生まれる前の魂(ソウル)たちの世界で、「やりたいこと」が見つけられず何百年も暮らす“こじらせ”ソウル・22番と、この世界に迷い込んだジャズ・ピアニストを夢見る音楽教師・ジョーによる奇跡の大冒険が始まる!
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